毒母にブン回される
うつ病絶賛再発中のkuraです。
先月ゴリゴリの偏見レターを送り付け
私の不安定に追い打ちをかけた母から
昨日、また手紙が届いた。
あれ以来こちらからは一切の連絡を
断っていたのだが、返事を待ちきれず
次の一手を打ってきたわけである。
私の人生は独身前が一番楽しかった。
結婚してからはずっと孤独だった。
そこでやっと辿り着いた幸せがあなたです。
私も人の顔色を窺ってしまうタイプだったから
精神的なことで体調が悪くなる気持ちは分かる。
知らない人から見れば変な奴でも、本人は
決して大袈裟なんかじゃなく本当に辛いと思う。
と自分の苦労を仄めかして擦り寄ってきた。
今でもあなたが家を出る様に引っ張った
○○(私の姉)のことを凄く恨んでいます。
私をまた独りぼっちにしたから。
家でゴロゴロする亭主を見ていると、
頭痛や眩暈、吐き気がして云々かんぬん…
…めちゃくちゃ粘着してくるやん。やば。
しかも私が家を出ると決めたのは、
混じりっけなし、100%私の意志だ。
これまで何度も自立を妨害されてきた私が、
ようやく掴んだラストチャンスだった。
姉にも相談していたのは事実だが、
それはあくまでも助言であり、実際に
さっさと荷物を纏め業者を調べて交渉し
なるべく安く好条件で手配できるよう努め
役所や銀行など走り回って各所手続きを
短期間のうちに滞りなく済ませたのは私だ。
姉に言われたから家を出るのではなく、
私が新天地での更なるスキルアップと
自立した生活を望むから家を出る、と
あれほど話したではないか。
こういう手続きってどうしたらいいの?
こういう場合はどんな手続きが必要かな?
などという疑問を両親に持ち掛けても、
全て無言でスルーされたので自力で調べた。
こういう所でもジワジワ妨害してくるが、
今はもう、そんなことで諦める私ではない。
そして全ての手筈を整えてから、
○月○日に出て行きます、と宣告して実行した。
とにかくここから出なければ…と思っていた。
新しい家も仕事も全く決めずに飛び出した私は
姉の家に転がり込んで新生活をスタートした。
1週間の内に幾つかの面接を受け、
翌週には内定を貰い、1か月後から出社。
2週間ほど東京本部での研修に参加したが、
姉はその間に第二子を出産している。
自分も大変な時期に私を迎えてくれたのだ。
その年の内に私は一人で部屋を探し、
勝手に決めて保証人を姉に頼んだ。
その時も姉は快く引き受けてくれた。
姉の家とさほど離れていなかったので、
荷物は少しずつスーツケースで往復して運び、
最後の段ボール数個は彼に頼んで車で運んだ。
空っぽの部屋で独りぼっちになってみて、
込み上げてきたのは嬉しさしかなかった。
寂しいとか心細いとか一人で不安とか
ホームシックなんて影も形も無かった。
この自由に勝るものはない!
と思えた。というか、それは今も思う。
以前、母からの別の手紙で
あなたがそうまでして家に帰らないってことは
この家での生活が余程、嫌だったんでしょうね。
私にとっては幸せな時間だったのに…。
というのがありました。家を出た私を責め、
罪悪感を植え付けて「そんなことないよ」と
言わせたい気持ちと、あわよくば連れ戻したい
という気持ちがよく表現された内容です。
しかし母の思惑は外れました。
だって、その通りだからです。嫌でした。
その親に寄生している自分も嫌でした。
だから離れたかった。変えたかった。
母は昔から情緒不安定で自己中心的で
自分の調子が良い時だけ子供を可愛がる。
人前でこれ見よがしにベタベタしてきたり
子供は親の宝なの、と口走ったりする。
子供ではなく、そんな自分が可愛いだけなのだ。
そして調子が悪くなると途端に苛つきだし、
掌を返して無関心になったり攻撃的になる。
子供は寄生虫、お前のせいで離婚も出来ない、
私は可哀相だから労われ、服従せよ、となる。
子供の頃は意味が分からず、ただ動揺して
どうしたら愛してもらえるのか、
その価値があると思ってもらえるのか、と
無い頭絞って考えて、振り回されていました。
過干渉になったり、ネグレクト気味になったり
冷たくなったり、優しくなったり…。
これ見よがしに姉とベタベタして、
わざとらしく私を無視したりもした。
その反対のこともした。
お互いのいない所で、お互いの悪口を
吹き込んだ。
不在がちの父の悪口も四六時中言った。
家族の仲を裂いて、支配して操作する。
母の得意技でした。
娘が自分の思い通りにならない時は、
従わせたい方に冷たく当たるのです。
分かり易く仲間外れという方法で制裁を下し
相手が折れて擦り寄って来るのを待つのです。
ある時、姉がまだ幼い頃に
「どうして私に冷たくするの?」と
母に聞いたことがあるそうです。
母は、幼い我が子がこんな痛ましい
質問をしているのに対して
煙草をふかしながら、ほくそ笑んで
こう吐き捨てたそうです。
可愛がって欲しかったら、
相応の努力をしなさいよ。
本当にこの答えが全てだと思う。
母に愛され続けるには、
代償を支払い続けなければならない。
姉は今でもあの時の冷たい顔と言葉が
忘れられないと言います。
もう良いよ。疲れたよ。
あなたに振り回されるのは。
それは愛じゃない、支配だよ。
最後に、亭主が嫌い過ぎて具合悪いと言い
…だけど病名を付けられたら負けだと思うので
病院には絶対に行きません。
安アパートで生活保護を受け、生涯薬漬けになった
あの人(祖母)の様にはなりたくありません。
だけど気持ちは分かります。お手紙下さい。
と締めくくられた母の手紙。
…負けって誰に? 何と戦ってるん?
病院の薬は飲んでなくても、
自分で月10万以上かけて薬局並みに
買い揃えた薬ガバガバ飲んでるやん。
あと睡眠薬は病院でしっかり貰ってるやん。
勝手にたくさん飲んで早く無くなったから
別の病院で貰うとか言って乱用しまくりやん。
もう変わって欲しいとも思わないし、
私が変わらなきゃとも思わない。
お互いに幸せになれないから。
手紙の返事は…書かない。